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MUSUBU プロジェクト秘話

粋な江戸商人たちにも愛された、甲州織の歴史

17-06-16

Knotの時計を美しく彩る、甲州織り。12000本もの縦糸と横糸が織りなす、美しく繊細な模様で知られています。数ある先染織物のなかでも、独自の発展を遂げてきた甲州織りのなりたちと歴史をご紹介します。

先染め、細番手、高密度の美しい絹織物

「甲州織り」とは、山梨県の郡内地方で生産される織物のこと。先染めした細い糸で高密度に織りあげるため、複雑な柄や繊細な文様の非常に軽い生地を作ることができます。近年では、傘やネクタイの生地として人気を集めています。

その歴史をさかのぼると、江戸時代に発展した「甲斐絹(かいき)」という高価な正絹の織物にたどりつきます。甲斐とは、山梨県のこと。絹織物自体は、室町時代に南蛮船で渡来したインドの薄い絹生地がルーツと言われていて、1630年ごろになると日本全国に広まり、甲斐にも伝わりました。甲斐の国は土地が痩せていて作物に恵まれませんでしたが、桑の木だけはよく育ったため養蚕が発展し、質の良い絹糸が豊富に産出されました。さらに絹織物の質を左右する水質にも恵まれたため、年貢の献上品として多く作られるようになり、一大産地として発展。甲斐絹は、非常に質の高い郡内地方の絹織物として一躍有名になりました。

江戸商人の粋な羽織裏地に重用された甲斐絹

その華やかで美しく非常に軽い甲斐絹の特性から、江戸時代に奢侈禁止令で贅沢を禁じられた商人の羽織の裏地に重用されるようになります。表地は地味でも、裏地には甲斐絹の派手な裏地を使い、商人たちはこっそりお洒落を楽しんだのです。そうした甲斐絹の人気ぶりは、井原西鶴の「好色一代男」、「好色一代女」に登場する郡内縞の話からも伺うことができます。

明治時代には国で養蚕産業の奨励が行われたため、より一層の発展を遂げました。しかし戦後になると和装文化が衰退し、徐々に傘生地や洋装の生地への利用に変わっていきます。原料も絹糸だけではなく、綿糸や麻糸のほかポリエステルやナイロンなど、耐久性に優れた素材が使われるように。同時に手機織から機械織での生産が主流になり、より細かな柄模様に特化し、耐久性にすぐれた「甲州織(郡内織)」として発展してきました。

現在郡内地方では、機械生産に加え、糸を撚る「撚糸」や糸を先染めする「染色」、織柄のデータ作成、生地を織る「製織」という工程をそれぞれの専門の会社が分業で行っているため、先染織物の産地のなかでも圧倒的な効率化と生産力を誇っています。もちろん機械任せではなく、熟練した職人の経験と技も質の良い甲州織を作るために欠かせません。

甲州織を愛する職人たちのたゆまぬ努力が、完璧なまでのMADE IN JAPANクオリティを保っているのです。