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MUSUBU プロジェクト秘話

【MUSUBUパートナー対談企画】Fg-trente藤澤宣彰氏×Knot遠藤弘満

24-08-02

[THEME 1] 製品染めのひとつ“パティーナ染色”が想起させるものとは

遠藤:今回は国内におけるパティーナ染色の第一人者である藤澤さんとご一緒でき、本当にうれしかったんです。完成品の仕上がりがとてもすばらしく、感動しました。

藤澤:ありがとうございます。

遠藤:私も革に携わるビジネスを若いころからやってきたので一定の理解があるのですが、パティーナとはどういったものなのか、改めて教えてもらえますか?

藤澤:パティーナとは、手染めによるレザーの染色方法の一種です。素材の段階ではなく、製品としての最終形か、それに近い状態のときに、モノの存在感を高めるように染めていくのが特徴になります。フランス語で「錆(サビ)」を意味するように、経年変化による味わいを表現しようというのが根底にあるんですね。私も、経年変化によって風合いや色合いを増していったときに姿を想像して、染色を施すようにしています。

遠藤:グラデーションというか、色の濃淡が印象的ですよね。

藤澤:そうですね。日焼けや使い込みによって生まれる味わいを染色によって表現しようという意図があります。またグラデーションといっても、単純に明暗で分かれているのではなく、実は面によって複数の色が使われているんです。間近で見たり、日の光の下に当ててみたりすると、もっと多くの色が点在していることがわかると思いますよ。それが色の深みや奥行きを生み出しているんですね。それこそがパティーナなんです。

遠藤:私も一度染色してもらったことあります。グリーンをオーダーしたのに、途中でまったく違う色を塗り重ねることがあって驚きました。それでも複数の色が混ざり合って、最後には美しいグリーンのグラデーションが完成していました。藤澤さんが手掛けられたパティーナ仕上げには、濃淡というか、奥行き感もありますよね。

藤澤:日本人として“侘び寂び”を意識しているところがあるかもしれません。海外ではもっとビビットでカジュアルな雰囲気に仕上げる方もいるのですが、奥行きを表そうというのが日本人の感性なんだと思うんです。手染めで手間はかかりますが、その分他では表現できない色合いを生み出すことができるんです。

遠藤:好きな人にはたまりませんね。藤澤さんの手元を見ると指先に染料のあとがついていて、やはり職人の手をされていると感じました。

藤澤:微細なグラデーションを染色するときは、指先の感覚を頼りにすることが多いんです。作業中は手袋をしていますが、仕上がりの段階に近づくと手袋を外し、指先で擦ったりするんですよね。それで汚れてしまって。刷毛を使う人もいるのですが、それだとどうしても粗さが目立ってしまうように感じるので、私は最後の仕上げは手でやるようにしています。

[THEME 2] 手染めは“モノの魅力を引き出していく”作業

遠藤:そもそも、藤澤さんはなぜパティーナ職人になろうと決意されたのですか?

藤澤:古い革靴や昔ながらの家具など、歳月を経て円熟したモノが好きだったんです。特に衝撃的だったのは、二十歳を過ぎてすぐの頃、代官山の古着店で見つけた革靴でした。1920年代に生産されたという革靴で、もとは黒色だったのに色も抜け、味わい深くてなっていて……そうしたこともあって革靴業界に入ることを決めました。

遠藤:なぜそこまで、経年変化したモノに惹かれるのでしょうか?

藤澤:なぜでしょうね……感覚的な話になるのですが、色の移り変わりや他にはない質感に魅せられるのだと思います。使ううちにやつれてきたり、自然なツヤが生まれたり。視覚的だけでなく、五感に訴えかけるようなところがあると思うんです。遠藤さんはいかがですか?

遠藤:私も大好きです。私たちの世代では「エイジング」という言葉で良さを刷り込まれてきました。Knotにも通じていますが、まずは普遍的であることが大切で、それにはシンプルで品質に優れていなければなりません。そこにエイジングというエッセンスが加わることで、モノの魅力が何倍にも跳ね上がるのでしょう。トラディショナルと呼ばれる名門ブランドも、クオリティの高さに加え、ユーザーが長く使うことで得た「エイジング」のよさがブランド価値に組み込まれているのだと思います。

藤澤:わかります。

遠藤:……そうして革靴業界に入られてから、その後はどうされたのですか?

藤澤:あるときフランスから来日してきたシューケアメーカーのスタッフと交流する機会があり、パティーナ染色を目の前で見せてくれたんです。それで仕上がったものが、代官山の古着屋で見かけた革靴に瓜二つで。「これだ!」と直感しました。

遠藤:運命的な出逢いがあったわけですね。その方からパティーナ染色の技法を習ったのですか?

藤澤:いえ、その方もプロではなく、ほんの触りを教えてくれただけで。その後はより生産現場に近い仕事ができるメーカーに転職したり、関係者をあたったりして、とにかく独学で理解を深めていきました。今ではパティーナを学び始めてから20年以上が経ち、カラリスト(革靴や革小物を染める職人)としてやっていっています。

遠藤:日本国内で同じようにパティーナ染色を専門とするプロの職人さんって、それほどいらっしゃらないですよね?

藤澤:知名度の高まりとともに、革靴にパティーナ染色を施す職人さんやメーカーは少しずつ増えてきています。しかし、私のようにパティーナ染色専門という方はあまりおられないと思います。

遠藤:先人もいないなか、独学で道を切り拓くしなかったというのは、とてつもないご苦労があったのでは。

藤澤:そうですね。毎度毎度、苦労しています(笑)。参考にできる調合レシピが存在しませんから、毎回ゼロからの挑戦。できたモノのすべてがオリジンでした。

遠藤:パティーナの存在が広まる状況においても、革靴メーカーや個人がひっきりなしに藤澤さんを指名されるのは、どういった理由によるものだとお考えですか?

藤澤:「経年変化したものが好き」という私のルーツが大きいのかもしれません。パティーナ染色は手染めで行いますから、職人の中には芸術家が絵を描くように色付けする人もいます。しかし、私はあくまでもモノの魅力を引き出すことを大切にしています。その製品が経年変化したときの姿を想像したり、光が差し込んだときの陰影を強調したりと、製品そのものの特徴や造形をもとに染色を行っているんです。

遠藤:モノの本質を捉えるというわけですね。私の妻は美容系のモデルをやっているのですが、同業者のスナップ写真を見ると「これは誰々さんのメイクだな」とわかるそうなんです。同じように見えても、どこかに関わった人の個性が現れるのだとか。藤澤さんが手掛けた製品も、関係者が見ればすぐにわかるものなのでしょうか?

藤澤:そうだと思います。私は自分の作品であるかのように個性を表現したいとは考えていませんが、やはりクセはあるようで、業界の方から「これ、藤澤さんがやりましたよね?」といわれることはありますね。

遠藤:シューカラーリングの審査員もされていらっしゃったのですよね。第一人者として。

藤澤:はい。ただ、あまり人と比べるのが好きではなくて、頼まれたから参加したまでで(笑)。どんな表現をしたっていいと思っていますから。

遠藤:でも、そんなコンテストが開かれるぐらいパティーナ染色を目指す人が増えてきたというのは、嬉しいことですよね。

藤澤:そうですね。学び始めた当初は、朝シャワーを浴びているときでさえパティーナのことで頭がいっぱいでした。しかし今はある程度技術も熟してきて、いろいろな方と成果を確かめ合う機会が生まれているのは、とてもうれしいですね。

[THEME 3] 腕時計ストラップでパティーナを身近に感じてもらいたい

遠藤:今回パティーナ仕上げの腕時計ストラップを企画したのは、コロナ禍が大きなきっかけでした。ようやくコロナ禍が明けて外出できるのだから、ポジティブな気持ちにしてくれるようなリストファッションを提案したいと考えたんです。また、健康意識の高まりからスマートウォッチが人気となったものの、その反動として対極に位置するアナログ時計も注目を浴びました。音楽配信が当たり前の時代に、一部でレコードやカセットも受け入れられているのと同じ現象ですね。リストファッションとしての価値が高く、かつアナログのよさが凝縮されているものを作れないか……そんな想いを抱いていたときにパティーナ染色と藤澤さんの存在を知り、お声がけさせていただいたんです。

藤澤:おっしゃるように、私のお客様の中にもコロナ禍になってからアナログ時計を収集しはじめた方がいらっしゃいました。その方から、時計用ストラップの制作を勧められまして。靴や腰ベルト、革小物の製品染めを手掛けてきましたが、時計用ストラップはやったことがなく、興味が湧いたところだったんです。だからKnotさんからお声を懸けていただいたときには、不思議なご縁を感じました。

遠藤:そうだったのですね。藤澤さんにご協力いただいたことで、期待を上回るようなすばらしいストラップを製作することができました。なにより、パティーナ染色をこれだけ身近で手軽に手に入れられるというのが大きいと思います。やはり靴製品となると、まとまった金額になってしまいますから。富裕層の方でなくても、熟練の職人技を駆使した製品を身につけられる機会をご提供できたのは、とても意義深いことだと思っています。

藤澤:私としても、よろこばしい限りです。近年は皮革素材の価格が高騰し、パティーナ仕上げの革靴の価格も上昇傾向にあるのですが、そのために一部の富裕層や好事家だけが所有できる製品となってしまうのは望んでいたことではありません。当社でもパティーナ染色の実演会を実施したり、染色を体験できるキットを販売したりして普及に務めていますが、今回のストラップも多くの方にパティーナの魅力を伝えるきっかけになると感じています。

遠藤:素材は、墨田区に自社工場を構える爬虫類専門タンナーの藤豊工場所がなめしたクロコダイル皮革を厳選しました。国内でも数少ないクロコダイル皮革専門タンナーで大変希少なのですが、、中間業者を省くなどの努力によって手頃な価格を実現させています。手前味噌ですが、これだけのクオリティをこの価格を実現できるメーカーは、そうはありません。藤澤さんには、多大なるご苦労をおかけしてしまったと思いますが(笑)。

遠藤:何度もサンプルを仕上げてもらい、納得行くまで作業していただきました。その甲斐もあって、たとえばグレーカラーなんかもパティーナならではの奥行きが見事に表現されています。

藤澤:革靴ですと、メーカーが調合したグレーの染料にいくつか茶味を足すくらいのですが、このストラップには全部で4色使っています。私が粉から調合したオリジナルの黒をベースに、1%単位で調色しました。また、クロコダイルレザーには特有のスケール(腑)がありますから、その凹凸が及ぼす影響にも試行錯誤を繰り返しました。遠藤さんに面と向かっていうのもアレですけど、今回の企画を通じてステップアップさせてもらえたと感じています(笑)。

遠藤:そういっていただけると、こちらもありがたいです(笑)。MUSUBU プロジェクトでは多くの職人さんにストラップを製作していただいていますが、やはり体験がなく、困難に直面された方も多かったようです。これだけ小さいと誤魔化しが効かないため、よりいっそう丁寧で緻密な作業が求められるますから。だからこそ魅力が凝縮されていますし、これまでのプロジェクトでもすばらしいモノがたくさん生まれてきました。

藤澤:今回のストラップも、こうして時計に着けた状態で見ると改めてよさを感じますね。

遠藤:はい。この濃淡とツヤと……この美しさは、やはり手染めだからだと思います。

藤澤:さらに使い込んでくると、その人の色になってきますから。使い込んだときも楽しみです。

遠藤:自慢の逸品を生み出すことができました。本当にありがとうございました。



こちらの記事に掲載されている価格は、2022年8月現在の情報です。
最新情報は Maker's Watch Knot 公式サイト をご覧ください。